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東京高等裁判所 昭和40年(ネ)1716号 判決 1967年7月12日

控訴人 久保伊作

右訴訟代理人弁護士 露木滋

被控訴人 株式会社三菱銀行

右訴訟代理人弁護士 毛受信雄

右訴訟復代理人弁護士 鎌田久仁夫

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

<全部省略>

理由

控訴人は昭和三八年七月一一日、かねて久保良美名義をもって被控訴銀行高田馬場支店との間に設定してあった本件預金口座に預金するため、妻常子に現金二〇七、九〇〇円を持たせて同支店に行かせ、常子は右金員を同支店の普通預金窓口係に交付して本件預金口座への預け入れを依頼し同窓口係はこれを受領し、ここに被控訴銀行との間で期間の定めのない普通預金契約が締結された旨主張するのに対し、被控訴銀行は控訴人と右支店との間にかねてから本件預金口座が設定されていたことと昭和三八年七月一一日に常子が右支店に来たことは認めるのであるが、同女が右支店普通預金窓口係に現金二〇七、九〇〇円を交付し同窓口係が右金員を受領した事実を否認するのでこの点について検討する。

一、証人久保常子は、原審ならびに当審において控訴人の主張に副う供述をするので以下同証人の供述内容を審究する

(イ)、常子は原審ならびに当審において二〇七、九〇〇円の現金は控訴人の夏季手当七〇、〇〇〇円位と給与差額三〇、〇〇〇円位に、郵便局の定期積立金五〇、〇〇〇円位と自分が洋裁の内職をして得た金六〇、〇〇〇円および都営住宅の未納家賃一二、〇〇〇から一五、〇〇〇円位(未納家賃の点は当審における供述)をまとめ、その中から持参した旨供述し、成立に争いのない甲第四、五号証によると、控訴人は昭和三八年四月二七日給与改訂関係差額金二八、三〇四円、同年六月一五日夏季手当金七三、〇三八円を東京都から支給されていること、および常子は昭和三八年五月一八日積立貯金四七、八八〇円を新宿郵便局から払戻しを受けていることが認められるから、控訴人方には同年四月二七日以降本件預金をしたという七月一一日迄の間に控訴人の月々の給料以外に少くとも(常子の洋裁の内職による収入を別としても)これらの合計一四九、二二二円の収入がありこの大部分(取纒めた金の内右三種の金員の外に洋裁の内職だけを入れると一、三二二円、未納家賃を入れても一六、三二二円を控訴した以外)を当日預金したことになる。ところで常子は本件の預金をしようと思い立ったのは大金を手許に置くことが不安であったからと供述するのであるから、前記の収入があった以後被控訴銀行高田馬場支店に行く機会があればその際預金をするのが当然であるのに、成立に争いのない甲第一、二号証によると、常子は四月二七日以降において五月二〇日、六月一日、六月一一日、七月一日と四回同支店に行きながら預金をしておらず、殊に七月一日には本件預金口座(この口座は後記認定のとおり、常子名義の預金口座が都営住宅用であるのと異り主として控訴人の私用又は個人的金銭用のものである)に二〇、〇〇〇円を預金しているのであるから、同じ個人的な性質をもつ一四九、二二二円という金もその折同時に預け入れるのが普通と考えられるのにその挙に出なかったのは不審といわざるを得ない。この点常子は、仕事が忙しく閑が無かったことと、控訴人の兄弟達に対し金銭を援助する場合でも預金をせずにおけば所有金額が判然としないので少額で済むと考えたことが理由であると供述するが前者については同支店に四回も来店していることと明らかに矛盾し、又後者については、七月一日からとすれば僅々一〇日間四月二七日からとしても二ケ月半に過ぎない短期間に特別の事情もないのにそれだけの理由で預金しなかったとするのは首肯し難いところである。

(ロ)、原審における常子の供述によると、控訴人方の預金は被控訴銀行高田馬場支店の本件預金口座、常子名義の預金口座ならびに平仮名のひらいよしみ名義の口座と前記新宿郵便局の積立貯金しかなく、その中本件預金口座は一部都営住宅用の家賃を少額含むことはあるが大部分は控訴人方の個人的な私有の金銭の出入に使用されていたものというのであるから、成立に争いのない甲第一号証をみると昭和三七年五月一日から昭和三八年八月九日迄の本件預金口座の金銭の出納ひいては控訴人方の私的な金銭の預け入れとその引出しの概略を窺知できるわけである。ところで本件預金口座の右期間内の月々の出納を見ると、預金の最高額は昭和三七年一二月一八日の四六、〇〇〇円(係争の本件預金および妹の金銭である一〇二、〇〇〇円を含む昭和三七年七月一五日の一〇四、〇〇〇円の預金を除く)で、それ以外の月は二〇、〇〇〇円を超えず、昭和三七年六、七月と昭和三八年四月には預金がなく、又昭和三八年一、二、三月は引出となっていて、本件預金二〇七、九〇〇円の中の夏季手当ならびに常子の洋裁の内職による収入に対応すべき金銭を見出し得ない。仮に常子の供述および控訴人本人の供述によりそれ以前は兄弟達に援助をしたことが真実としても前記の月々の預金額と係争の預金額(仮りに積立金払戻額および給与改訂関係差額を除いたとしても)との間には余りにも懸絶があり過ぎ、更に従前の本件預金口座の出納の状況をも併わせ考えると常子および控訴人本人の昭和三八年七月一一日頃に二〇七、九〇〇円の現金を所持していた旨の供述は遽に措信し難い。

(ハ)、常子は昭和三八年七月一一日常子名義の預金口座から一九三、〇〇〇円を引出したのは、常子の帰化の見通しもついたので廬村の姓を取除き常子名義の通帳を廃止したかったためであると供述する。ところで常子名義の預金口座は控訴人が東京都から委嘱されていた管理人として都営住宅居住者から受領する月々の家賃のために使用したものであることは常子の供述ならびに成立に争いのない甲第二号証中の月々の出納帳、時期等により認められる。通帳を廃止したい場合には預金から全額に近い額を引出し残額を僅少にすることは通例行なわれるところであり、成程常子が当日東京都への納入のため一九三、三六〇円の預金額から一九三、〇〇〇円を引出し残額を三六〇円としていることは成立に争いのない<省略>により認められるところであるが、然し、常子が右口座の残額を同様の方法で僅少額としていることは当日に限らず、むしろ毎月のことであり、残額を零にしたことも数回あって、昭和三七年一〇月から昭和三八年一月迄は残額を三一円、同年三、四、六月の残額は七月一一日同額の三六〇円にしていること、又、帰化の見通しがつき盧村の姓を変更することが右口座廃止の主因とするならば、常子の供述によると常子の帰化は昭和三七年一月三一日に許可になっているというのであるから、それ以後でも数回廃止する機会があったことになり、果して同女にその供述の如く常子名義の通帳を廃止する意思があったかどうか疑わしいといわざるを得ない。

(ニ)、常子が二〇七、九〇〇円の横線小切手を振出してもらうためには、若し右と同額の現金を持参していたとするならば、この現金を直接交付して横線小切手を振出してもらうことが簡便な方法と考えられ、同女もこのような方法があることを知っているのに殊更、常子名義の預金口座から一九三、〇〇〇円、本件預金口座から二〇、〇〇〇円をそれぞれ引出し、その合計額から二〇七、九〇〇円を横線小切手用に振向け、残金五、一〇〇円を交付してもらうことと、持参の現金二〇七、九〇〇円を本件預金口座に預け入れることを同時に依頼するという迂遠にして複雑な方法をとることは極めて異例の方法というべきところ、常子は、この点について、持参した金員は控訴人の私的な金銭であるのに対し横線小切手に充てる金員は都営住宅家賃という公的な性質を有しているため、この目的に使用していた常子名義の預金口座から大部分を振り向けた旨一理ある供述をする。然し、その供述の如く金員を公私の性質により厳格に区別したものとすれば、横線小切手振出しの資金の一部として本件預金口座に同年七月一日預金した同女の洋裁で得た二〇、〇〇〇円から一四、九〇〇円を充当したこと或いは同年六月一一日同じく都営住宅家賃の一部として本件預金口座から一九、〇〇〇円を充当していること(当審における同人の供述)と背馳し、同女がそのように公私を峻別していたことは疑問とせざるをえない。更に又、五、一〇〇円の現金を持ち帰るのであれば、予め持参した現金二〇七、九〇〇円の中から五、一〇〇円を控除し残りを都営住宅用の家賃と本件預金口座に振り別ける方がむしろ簡単で通常の方法と考えられるのに前記の如き方法をとったことについて、常子は現金二〇七、九〇〇円は前夜取り揃えており銀行内で右のような計算をすることが面倒であったからと供述する、然し、「ヨ手」の記載部分を除き成立に争いのない乙第一号証および常子の供述により認められるように、同女は残は現金で下さいと不特定額で指示したのではなくメモ代用伝票に「残は現金で下さい五、一〇〇」と残額を計算して記載している位であるから両者の間には計算の難易について大きな経違はなく計算が面倒だとする前記の供述は遽に措信し難い。

(ホ)、常子が昭和三八年七月一五日本件預金通帳の二〇七、九〇〇円の預け入れの記載が抹消されたことについて、被控訴銀行高田馬場支店の窓口係山田信明同預金係長丹治清吉に対し説明を求め抗議をした際、二〇七、九〇〇円の現金を何人に交付したか明確にしなかったことは常子の供述により明かである。次いで同月三〇日頃右丹治が常子から係争の現金を受領したのではないかと目される同支店の行員、山田信明・吉崎稔枝・石井富吉の三名を同道し控訴人宅に行き、常子に対し、誰れに金員を交付したかと問うた際、日数も経過し、始終銀行に行き他人にも責められて記憶が乱れているため、その人でなかったのに特定人を指示し同人に迷惑をかけては悪いという配慮から、自分では心中山田信明に交付したと思いながらも男の人か女の人か分りませんと返答したと常子は供述する。

然し原審における<証拠省略>によって認められるように、事実の究明と交渉について夫である控訴人に多大の心労をかけ、又被控訴銀行にも幾多の調査をさせ、紛争状態となっているのに最も重要な交付の相手方を前記の理由だけで指示しなかったとする常子の供述は到底首肯し得ないところである。常子にとって大金と考えられる金員を真実、同支店の行員に交付し預金を依頼したのであれば、あまり日時も経過していない前記の各日時に交付の相手方を明確に記憶しているのが普通であり、仮りに相手方を明確に記憶していないとしても事件の当事者として積極的に事実関係の開明に当るのがあるべき姿勢と考えられるのに確たる理由もなく逡巡し、男女の区別さえ明白にしないことは金員交付の事実について疑いを深くせざるを得ない。

(ヘ)  常子は当日被控訴銀行高田馬場支店に現金二〇七、九〇〇円と通帳二冊および印鑑を持って来行し、同支店の書写机で普通預金払戻請求書二通に所要事項を記載し印鑑を押捺して、窓口係山田信明の前のカウンターに来、そこでメモ代用伝票も書き、別に下から現金右払戻請求書を挾んだ通帳二冊、その上にメモ代用伝票を置いて山田に差し出し現金は本件預金口座に預け入れることを告げ、山田から番号札を受け取ったところに受付係の石井富吉が来たので同人に小切手を預手にすることを依頼したが、山田には右の預手作成の趣旨を告げず、又同人と格別の問答をしたことがない旨、およびその後暫くして山田から呼ばれ、同人の前に行くと、山田は札を数えているので小切手と通帳をいただきたいと申出たところ、同人からお待ち下さいと言われ又少しして山田から被控訴銀行振出の小切手と通帳二冊を受け取った旨供述する。右のとおりとすると山田は常子から預手作成の趣旨を聞いていないので提出されたメモ代用伝票と二通の払戻請求書により二〇七、九〇〇円の自行振出小切手の作成を理解したことになるが、小切手に横線の有無は石井から告げられない以上知り得ないことであり、又常子も現金と同額の横線小切手を振出してもらうのについて持参した現金で小切手を振出してもらうという簡便な方法があることを知りながら、殊更迂遠にして複雑な方法をとり、しかもそのことを現金等を提出すると同時に当該窓口係に告げないことは奇異の感を免れず、更に山田が行員としては自明とも思われる小切手振出の方法について簡易な方法を説明せず、複雑な方法をとるならば常子にその計算関係を尋ねるのが当然と思われるのにそれをしなかったことは極めて当を失し、相当額の現金であるのに金額の再確認、収納伝票への記載を求めなかったことは軽卒であり、通常の銀行員としては異例の業務行為であって現実の行動とは考え難いところである。次ぎに山田が常子から現金を受領し、本件預金口座への預け入れと二通の口座から払戻して自行小切手の振出し、および現金の支払を求められたとするならば、その方法が特異な場合で、且つ、金額も相当額であるから、札を数えて支払の準備をしたところで常子から自行小切手の交付を要求される迄前記の方法により自行小切手を振出すべきことを失念していたとは通常考え難いことと言わなければならない。即ち常子の供述中現金二〇七、九〇〇円と前記払戻請求書通帳各二通にメモ代用伝票を交付した相手が窓口係山田信明であるとする部分は、右のとおり種々の点で疑問があり、又証言の全内容を検討すると明確を欠く上不自然の感を免れず、後記認定に対比して措信できない。かえって<証拠省略>によると、同支店受付係石井富吉は、当日常子から窓口係吉崎稔枝の前のカウンター附近で普通預金払戻請求書、通帳、各二通にメモ代用伝票を交付され、本件預金口座と常子名義の預金口座からそれぞれ払戻をして二〇七、九〇〇円の横線小切手の振出しと残金五、一〇〇円の交付を依頼され、右メモ代用伝票に「ヨ手」と記載し番号札を常子に渡し、右通帳等を窓口係の吉崎に渡し依頼の主旨を伝えたことが認められる。

二、右のとおり原審ならびに当審におる証人久保常子の証言中控訴人主張に副う部分は措信できず原審における控訴人本人尋問の結果も採用できず、他に控訴人の主張を認めるに足る証拠はない。

三、以上のとおり控訴人主張の現金二〇七、九〇〇円の預け入れの事実は認めることはできないのであるが、当事者間に争いのない事実<省略>および本件預金通帳の係争記載事項が被控訴銀行高田馬場支店の行員による誤記であるか否かの判断<省略>は、原判決掲記の証拠に<証拠省略>を附加して又控訴人の信頼利益ないしは対抗の主張に対する判断はいずれも当裁判所の判断と同一であるからその記載をここに引用する。

四、そうすると、控訴人の本訴請求は理由がないから失当として棄却すべきところ、 <以下省略>。

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